しげるさん×井上涼さんにLGBTについて伺いました!

インタビュー
しげるさん×井上涼さんにLGBTについて伺いました!
LGBT(*)という言葉は今や世界的に認識されている一般共通語。LGBTに悩む人も多く、親にとっても関心の高いテーマのひとつです。教育的な視点や当事者視点での捉え方などさまざまな観点から、各分野でご活躍のお二人にお話を伺ってみました。それぞれにご自分の才能を発揮されている方ならではのご意見が飛び交い、“生き方”の多様性に焦点があてられた対談となりました。是非、ご一読ください。

*注:LGBT(エル・ジー・ビー・ティー)または GLBT(ジー・エル・ビー・ティー)とは、女性同性愛者(レズビアン、Lesbian)男性同性愛者(ゲイ、Gay)、両性愛者(バイセクシュアル、Bisexual)、性同一性障害を含む性別越境者など(トランスジェンダー、Transgender)の 頭文字をとった総称。

 

【プロフィール】
<しげる>

東京都出身・A型
大学卒業後、外資系企業のマーケティング担当として商品の開発・プロモーションに携わり、その後はアスリートのPRを経て現在は商品プロデューサーとして活躍中。
またCS局の旅番組にも多数出演中。海外のファッション・流行などをナビゲートしている。

 しげるLINE Blog
http://lineblog.me/shigeru_official/

 しげるInstagram
https://instagram.com/SHIGERU39


<井上涼>
1983年6月10日生まれ。兵庫県小野市出身。金沢美術工芸大学デザイン学科卒業。
卒業制作作品『赤ずきんと健康』が BACA-JA 佳作受賞。「快感」「楽しい」をテーマに映像(アニメ/実写)、イラスト、漫画、インスタレーション、パフォーマンスなど、 クロスジャンルな制作活動を行い、作品内の作詞・作曲・アニメ・歌すべて自身で手がける。
レ ギュラー放送中のNHK Eテレ「びじゅチューン!」では自らも出演し、世界の美術作品を楽しいアニメーションと共に紹介している。2014年横須賀美術館『こどもと美術を楽しみ たい!キラキラ、ざわざわ、ハラハラ展』で『夏休みオブザ忍者』発表。2015年アーツ千代田3331で個展『マチルダ先輩と忍者合唱団』開催。

 

―気づきはいつ頃からでしたか?

しげる 小学校3、4年生の頃には、バレンタインデーのチョコレートを作ったり、それをポストに入れてみたり…そんな記憶がありますね。自然に女子たちと手づくりチョコの話をしたり、女子的な行動をしていました。敢えて親には、そういう気持ちを自分からはっきりは言わなかったかな。突き詰めて明らかにすることが必ずしもいいこととは限らないと思いますし、また逆に、気持ちを偽って親の前で態度を変えるようなこともしませんでした。母親がNGを出すこともなく、自分にもNGを出すこともなく、いい意味で子どもの頃からずっとこのままの “しげる”でした。
親も含めて、中高生になってからも、周囲には恵まれていました。ブレない自分、隠さない自分でいることができたことが、苦しまずに自分を成長させることができた大きな要因だったと思います。
中学高校は男子校で、先生も男ばかりでしたが、少しからかわれることはあっても、いじめられたという経験はゼロです。反対に、学校でたまたま自分と同じタイプの男子に出会って、いっしょになってほかの男の子たちを追いかけまわしたりしていたかもしれません(笑)。

井上 私は自分で気付いた時期は小学校6年生ぐらいでした。大学時代までは隠すようにしていましたが、それでもなんとなく漏れて表に出ることがときどきはあって、からかわれたりもしましたが、私の場合もいじめられたという認識はないですね。ただ、自分で自分を周囲と比較して、「なんか浮いてるなぁ」という感覚がいつもありました。しげるさんは、みんなとの違いを意識したりはしませんでしたか?

しげる 「なぜ?」という自分自身への葛藤みたいなものはありました。「なぜ自分は女の子に生まれなかったのか」「なぜ男の子に生まれてきたのに男の子を好きなんだろう」という疑問にいつも包まれていました。男の子は女の子と付き合うのが普通とか、結婚とは男性と女性がするものというような、世間での認識と自分の感覚が異なることに対して、自分自身が常に葛藤していました

井上 私も、辞書で「ホモセクシュアル」という項目を調べては、同じところを何度も繰り返し読んだり、図書館で「同性愛」というタイトルがついている本を片っ端から読んでみたりとかしました。自分の感覚はどうして違っているんだろうという大きな疑問がいつもありました。

 

―そういう葛藤や悩みは、どうやって消化されたのでしょうか?

井上 大学3年生のときにカミングアウトをする転機がありまして。通っていた美術大学で、自分のアイデンティティをテーマに作品を提出する課題があり、そのときに、テーマにきちんと向き合って作品をつくるためには、それまで隠していたこともカミングアウトして臨んだほうがいいものがつくれそうに思えたのでそれを決心しました。作品の制作と発表自体が、カミングアウトだったので、そのとき以降、すっぱりと楽になりました。嘘をつくことをやめて自分を追い込んだので、そこで腹が決まったような感覚になりました。そのとき、自分の中に力が沸いてくるように思えました。

しげる わかります。しげるにも同じような転機がありました。カミングアウトではないですが、初めて全国ネットで放送されるテレビ番組(日本テレビ系『世界!弾丸トラベラー 』)への出演のお話があったときに、本来の自分を公にさらけ出すことについて悩みました。みんなにも、親族にも見られるかもしれない。いいのか、よくないのか、悩みました。結果としては、自分のありのままでテレビに出演したあと、それでよかったと思うことができました。出演を報せていたわけではなくても、カミングアウト同然の気持ちだったので、それ以後は自然に、周囲の人たちはもう自分のこと理解してくれていると感じられるようになったんです。とっても楽になりました。

井上 その時何かを決意されたりしたんですか?

しげる 弾丸トラベラーのお話を頂いた際に出演するか悩んでいて、知り合いの方に「次の機会で考えればいいと思っていても、チャンスはそんなに簡単に何度も巡ってくるとは限らないよ!」って半分脅されたような感じに言われたことが心に響いて出演を決めたんです。自分を変えるきっかけになって、それがターニングポイントになったかな。覚悟を決めるほかなくなる状況になれば、あとはもうやるしかないので…。

 

―隠すこと、カミングアウトすること、それぞれについて、今はどのように思われますか? 

井上 隠しているつもりでも、母親は早くから他の子と違うと気付いていました。女の子の友達の方が多かったし、周囲の一般的な感覚が主流のなかでは、やっぱり浮いちゃう気持ちが隠しきれなかったのだと思います。

しげる 隠すのも隠さないのも、何が幸せかはそれぞれだと思います。言うことも、敢えて言わないでいること、どっちもありかもしれない。しげるは、とくに小さい頃や思春期の頃には、言う必要がなければ敢えて言わなくてもいいのかなって思っています。

井上 私は、普段はカミングアウト推奨派で、そうできるのであればそうしたほうがいいと思っています。それでもケースバイケースが前提なのですが。それぞれの家族で事情も環境も違うので、一概には言えないです。

しげる 私たちのような職業の場合は、公の場で自分を出すことが仕事にプラスになることも多いと思いますが、一般的にはそうとも言えない環境も多いと思うので、カミングアウトがすべてよしとは言えないと思います。環境や条件を、それぞれが見極めていくことが大切ですよね。

 

(前篇終わり)後半もお楽しみに!

後半はこちらから!(CLICK!)



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