【今の仕事に繋がった習いごととは?】 ヘアメイクアップアーティストのイガリシノブさんにお話しをお伺いしました~前編~

インタビュー
【今の仕事に繋がった習いごととは?】 ヘアメイクアップアーティストのイガリシノブさんにお話しをお伺いしました~前編~

ヘアメイクアップアーティストとして活躍されるイガリシノブさんにインタビューしました!

全2回の前編、少しやんちゃだった子ども時代のこと、今の仕事に繋がった意外な習いごと(!)についてなど、聞き逃せないお話がたくさんありました!

【プロフィール】
BEAUTRIUM所属。
ファッション誌や広告等のヘアメイクを手がける他、化粧品開発ディレクターやメイク講師としても幅広く活動する。多くの女優やモデルに支持され、ファッション性とトレンドを取り入れたおしゃれ顔を作る達人。
現在5媒体で連載中。インスタグラムのフォロワー数は21万人を超える。

 

―最初にまず、イガリさんの子ども時代のことを教えてください。

幼稚園や小学校の頃から、どちらかと言えば群れるのが嫌いなタイプだったのですが、負けず嫌いなところがあったり、自分のやりたいことを見つけて夢中になったりするせいか、集団の中では目立つほうでした。それは、良くも悪くもで、教室でみんなが同罪のようなことをやっていても、先生に最初に怒られるのは私だったりします。でも、大人たちや同世代から、ある程度みんなを代表するような立場に推されることも多く、「○○代表」みたいな役は多かったです。目立ちたくないけど、目立つ。そんな感じです。ただ、親が厳しかったせいもあって、やんちゃなチームで遊んではいても、遊びに出かけるのを我慢するようなことも多く、制限付きだったりもしました。少し複雑でした(笑)。

 
―習いごとは? 

スイミングを幼稚園前からやっていました。普通コースでやっていたのですが、隣でオリンピック選抜コースがあって、途中からそこに呼ばれてしまいました(笑)。目立つだけだと思うのですが、よく見えちゃうようで誘われました。本格的スクールでもあり、自分が負けず嫌いだったので、結構真剣にやっていましたが、あまりにもそればかりやっていたので、おばあちゃんに言われて、小4のときにスポーツ少女になる一歩手前でやめました。同じコースからはオリンピックに行った人もいたので、そのままやっていたら別の可能性があったかもしれないですね(笑)。


―ほかにやっていたことはありますか?
 

そろばんです!

 そろばんは、私の土台を作ってくれたように思っています。今の私に、とてもよく効いている気がします! 右脳左脳と言う言葉がありますが、もちろん当時そんなことは意識していませんが、その両方がバランスよく鍛えられたように思います。別の言葉で言うと、数学頭を使うことを自然に習慣にできました。そろばんの経験で、数学頭を使い慣れていたせいなのか、小学校2年生のときに、短時間ではあったのですが集中的に算数だけを勉強したことがあり、それがそろばんと繋がって、そのとき以来、なぜか突然、算数がめちゃくちゃ得意になったんです! それからずっと数学の点数はよかったので、理数系の人でした。テストの時間は早く終わっちゃうし、みんなが苦手に思うような証明や図形なども簡単に感じていました。

 メイクアップは、髪や色の面積や立体、量の多い少ない、その比率などを、無意識のうちに瞬間的に計算して判断するので、そろばんで培った暗算能力や、図形やパズル思考もよく使うので、実は理数系な思考が今にとても繋がっています。もうひとつ、そろばんで指をたくさん使ったこともすごく良かったです。頭で計算することと指先を動かすことを同時に行うことは、数学頭と感性を同時に働かせているようなイメージで、今の仕事の基礎訓練になっていたようなところがあります。それだけではなく、生活や仕事全般にわたって、思考習慣や、判断能力が鍛えられたように思うところがとてもありますね。それに加えて、自分が通っていたところでは、時間に限りがなく自由に参加できるスタイルの教室だったので、自分から積極的に数学頭を使おうという気持ちを持って参加できたことも、そういう習慣づくりに役だったと思っています。そろばんは、子どもの教育として、得るものが多いように思いますね。もちろん個性で適う適わないはありますが…。


―子どものころから、髪型などに興味はあったのですか?

きっかけは母が不器用だったことです(笑)。母に任せていると、三つ編みが、四つ編みや一つ編みになったり、前髪も短く切られ過ぎてしまったり、まったく自分の思い通りにならなくて、幼稚園のときに、自分ひとりで美容院に行ったりしました。自分の髪だけでなく、幼稚園の頃には、友達の髪の編み込みがもうできました。誰に教えてもらうわけでもなかったのですが、人の髪の毛を触っていろいろしてあげるのが好きでした。もちろん自分の髪もですが…。


ーおしゃれ全般への興味はいかがでしたか?

みんながフリフリの衣装で登場するピアノの発表会でも、私は、“ベレー帽にハイウエストのジーンズ”みたいなスタイルで登場していました。ちょっと変わっていたうちの母親の影響だったと思います。当時チェッカーズがはやっていて、お揃いのチェックの衣装がかわいくて、そういうものに惹かれたりしました。友達とお揃いの服を着るのが好きで、いっしょに探しにいって着たりしていました。小学校6年生のときに、卒業アルバムにバストアップの写真を載せるのに、一人一人の個人写真でみんなの仲良しさを見せたくて、友達みんなに提案して、オーバーオールを着て一人づつ撮影されました。クラス半分ぐらいの女の子たちがオーバーオールを着てきたので、仲良しに映っています。とても嬉しい楽しい記憶がありますね。そういうことを考えるのが好きでしたね。


 ー影響を受けたものにはどんなものがありましたか? 

 私の場合は、テレビやアーティストからというよりも、住んでいた街“横浜”そのもの、身近にあったもの、そこで自分の目で生で見たものに影響を受けたと言えると思います。買い物をする店も、街ゆく人も、そこで目にするものは、新しいもの、おしゃれなもの、かっこいいものが溢れていて、それを肌で感じることのできる刺激が多かったと思います。都会で育つということのいい部分がたくさんありました。廻りにいる同世代の子たちにも早熟な子が多くて、服装もやんちゃでおしゃれな子が多くいました。好きな街で育ち、暮らしたこの時の経験が、のちのち海外に住むことを選択したり、海外の街を歩き回るのが好きになった遠い原因になったと思います。刺激があるものを、自分の身近に肌で感じることを大切にする習慣が、この街でつくられたように思います。


ー中学生以降では、どういうふうにおしゃれな世界に近づいていったのですか?

 中学生のときに横浜から栃木へ引っ越すことになり、ちょっとしたタイムスリップ感、カルチャーショックがありました。おしゃれなことがいっぱいの最先端の街から、ローカルな街での生活に変わったことで、力を振り向ける世界が変わりました。親の勧めもあって、剣道に取り組み、元々の負けず嫌いの性格で臨み、関東大会で優勝できるくらい熱中しました。自分でも燃え尽きたという実感があり、やり尽くした気持ちに到達できたからこそ、逆にそのとき身近ではなくなっていた、おしゃれなものに対する気持ちが強くなりました。そのとき、東京が遠くに感じられたことが逆にバネになり、もっと近づきたい、そこに戻りたいという感覚が生まれたからこそ、ヘアメイクアップアーティストとしての今の自分があるのだと思います。ずっと横浜に居たら、もしかすると憧れる気持ちもそれほど生まれずに、ヘアメイクの世界には進まなかったかもしれません。高校時代の後半からは、裏原に出入りすることが多くなり、ファッション雑誌に載ったりすることもあり、おしゃれ業界への興味が深まりました。進学にあたっての専門学校選びは、ヘアメイク課にかっこいい先輩がいたこともあって、ヘアメイクを選択しました。その憧れの世界に近づければ何かがある。それぐらいに考えていました。母親に対しては、いろいろ反対されるのを説得して東京に行った部分もあったので、自分のなかでは、“母親の助言を聞き入れたら、私の運気が下がる”ぐらいに考えて、“見返してやろう”みたいな気持ちをエネルギーにしたところは多分にあります。負けず嫌いを原動力にしていた印象が自分でもわかりますね。

 
(前編終わり)

*後編では、海外留学の話やメイクアップの考え方、子育て論などをお届します。お楽しみに!

 


好きな時間に動画で学べる‟デジスク”と、
人気講師から直接教えてもらえる少人数制プレミアムレッスンの‟リアスク”。
「BEAUTRIUM ACADEMY」(http://beautrium-academy.com)にてメイク講座を担当中。

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